ことができるものです。そして言葉の上だけでは道理も嘘も区別を立てることはできません」
新十郎は尚も理窟をこねたがる虎之介を制するために、海舟にイトマを告げた。彼が海舟を訪問して、この偉大な人物の見識から聞きただした答えは満足すべきものではないが、いかにも人生の真相に相違ない言葉でもあるから、彼は甚しく憂鬱ながら、その真理は承服せざるを得ないのだった。
彼が次に力なく訪れたのは通太郎夫妻であった。
「私が今日までに得た調査の結果によると、お兄上が陰謀によって狂者に仕組まれた筋を作ることだけはできたようです。だが、それを説明する前にお断りしておきますが、陰謀の筋を突きとめただけではお兄上を救いだすことがどうやら不可能だったようです。今さらこのように申上げるのは甚だ不満足ですが、いかんとも仕方がありません」
新十郎はなるべく事務的に説明をきりあげて、明るい爽かな風で胸いっぱいに満したかった。
「奥様が、二人の侍女からシノブ夫人愛用の香水の香りを認めて、分身を直覚されたのは正しかったのです。だが、黒ン坊の三本指には、三の秘密とむすびついた意味はなく、三本指がお兄上の幻想を支配しているよう
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