んな通るわけにはいかねえやな。氏族の長を奪うため、または財産横領のために、当主を狂人に仕立てることは大昔から当主をしりぞける陰謀者の甚だ用いた手段だが、大伴宗久が陰謀によって仕立てられた狂者であると分っても、助けることができるとは誰が請合えるものかね。文明開化の余沢なんぞと申しても、陰謀に向って道理を照らす役に立ちやしないものだ。キリストや孔子は何千年の昔から道理を説いていたことを知れば足りるのさ。身分ある者の手によって仕組まれた陰謀に対しては、道理の方が概ね負けると昔から定まったものだ」
 海舟の結論はアッサリしすぎたものだった。虎之介がその結論に不備なのは云うまでもないが、新十郎の顔にはむしろ同感の意がしるされたように思われた。
 虎之介はムカムカして、
「紳士探偵も落ちぶれたなア。斯々然々《かくかくしかじか》の如くに陰謀によって仕組まれた狂人でござると証拠をあげることができないばかりに、陰謀に対しては道理が負けるものだ、ときめこもうとしているよ。顔に書かれている」
「まったく御説の通りですよ。斯々然々と道理を言葉によって並べることはできますが、嘘といえども言葉の上では道理を立てる
前へ 次へ
全88ページ中81ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング