だきたいのですが」
 と、一枚の紙をとりだして渡した。その紙には、
「貴殿がロッテナム美人館を訪問せられし折に招ぜられたる手術室は、階下なりしや、階上なりしや」
 実に通太郎夫妻にとっては意外千万というほかにない質問がたった一ツ書かれていただけであった。克子は呆れて、
「本当にこんなことを訊ねてもよろしいのでしょうか。兄上がロッテナム美人館へ行ったことがあったとは想像することもできないのですが」
「大伴家では誰にも想像のできないようなことだけが起っているのですよ。ですが、この質問に、もしも私が期待しているような御返事がいただければ、九分九厘までお兄様を鉄の格子の中から救いだすことができるでしょう」
 と、謎のようなことを言い残して、新十郎は消え去った。

          ★

 それから何日かがすぎて、珍らしく新十郎は虎之介を案内にたてて、氷川の海舟邸を訪ね、他の訪客には遠慮してもらッて、長らく密談にふけっていた。
「コチトラは敗軍の将だから、当節の殿様の権柄《けんぺい》については不案内だが、文明開化の御時世とはいえ、無理が通れば道理がひッこむ。いかな明君の治世といえども、道理がみ
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