に、次のような呟きをつけ加えた。
「ねえ、君。開店と同時に日本中の名流婦人のアコガレがその一店に集中するということは、千万人の長屋のオカミさんを動かすよりも難事業かも知れないのだが、このフシギが実際に行われたにも拘らず、この大仕事を企てて実行した人物が誰だか分らない。こんなベラボウなことがあるかねえ。これが本当にスパイ事件なら、我々外交官に外務をまかせる日本の運命は危いものだが、しかし我々の不明のみでもない理由もあるのさ。敵の目的がスパイと分れば我々が蔭の人物をつきとめる目安もつくかも知れないが、ロッテナム夫人を使い、三貴人をうごかして、たった一ヶ月足らずでたちまち馬脚を現したといういろいろの事実の組み合せからは、我々外交官にはどうしても事を謀った人間の目的を知ることができないのだ。そしてそのために、真の陰謀の主を推定する根本的な手がかりを失っているせいだよ」
これが宇井のギリギリの本音でもあったであろう。外交官の領域では理解しがたいところへ問題の根がのびているらしい。
しかし、新十郎は非常に感謝して、
「実に甚だ有益なお話だったよ。君が探偵して突きとめた成功談をきいても役に立つこ
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