省へ調べにくるとは大笑いではないか。裏街道の手型はお役所からはでないが、ニセの手型でイカサマ師の外国人が表通りに堂々と営業できるのは日本だけのことではないぜ」
「しかし公爵夫人が手術をうけたり二百円の香水を買ったことが日毎の新聞紙を賑わすに至っても、かね」
「天下の名門婦人が競って店に集るに至れば、益々治外法権さ」
「次第に悪評が立って、イカサマの美人術であることが天下に喧伝された場合には? そして、被害者は天下の名門婦人だが」
 宇井はニッコリ笑って、
「そろそろ退庁の時刻だ。それほどイカサマ美人術師のことが気がかりなら、多少の知識はもらしてもいいが、さて、八百膳で我慢するか。美人術師のことだから、天下の美人の侍る席がよろしかろうが」
 と、二人は笑いつつ外へでて食卓をかこみながら、
「わずかに一ヶ月足らずでお人よしの名門婦人に手ひどい悪評をまねくようでは、全然美人術の素人にきまっていると思わないかね。云うまでもなくロッテナム夫人などというものは、それ以前にも、それ以後にも存在しない名にきまっているな。その名を追うたところでいかなる小さな消息をつかむことも不可能にきまっていよう。アラ
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