である。そこまで思いだして語っていながら、キミ子と同様、カヨ子もこの香水を身につけているのを認めた時に「分身」を感じた方だけどうして思いだせなかったのだろう。そして克子は、分身の方を直覚したときには、すでに意外の感には打たれずに、シノブの分身という事のみを直覚していたのであった。
「そのときには、直覚的にシノブ夫人の分身としてねえ」
 通太郎は克子の早朝の報告を吟味したのちに、やや顔をかがやかせて、妻の功に敬意を払うような笑みをうかべ、
「あなたのカンは怖しいほど鋭く正しかったのだよ。あなたがキミ子一人から香水の香を認めた時には、ただ甚しく意外に感じただけだったが、それはキミ子一人だったからだ。二度目の時には、キミ子とともにカヨ子も同じ香水を身につけているのを認めた。そのときは意外の感にわずらわされずにシノブさんの分身とだけ直覚したが、なぜならその時には香水を身につける者が三つの数を構成していることを早く認めたからだね。あなたはその三の数の直覚の方を意識の底へとじこめておいて、分身の方だけ直覚した。この分身ということは、兄上をなやましている三つの謎が幻想上に具体的に表れている事実なのだ
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