ろが一月すぎても一助は帰らない。お腹の子はそろそろ生れそうになるし、お加久は心配でたまらなくなって、長屋の人々に相談し、警察へ届けでた。
そこで警察からTエンドK商会の本牧別館へ問い合せると、そのような日本人に心当りはないし、第一ここには西洋人が住んでるだけで、日本人が泊っていたこともなく、壮士芝居にも心当りがない。また、そのようなハリガミを出した覚えもない。という返事であった。まことに、そうであろう。西洋人の経営する食料品店TエンドK商会が日本の壮士芝居の俳優を募集する筈はない。そのハリガミが事実としても誰かのイタズラであることは明かなようだ。
そして、そのようなハリガミをたしかに見たという人もあったが、また、そのハリガミを見て募集に応じたチヂレ毛の男もあって、
「そんなハリガミをした覚えがない」
とTエンドK商会の西洋人に断られてスゴスゴ帰ったという証人も現れた。そして一助の失踪はウヤムヤになってしまったのである。
★
克子は結婚して十七日目に、兄の大伴宗久が病に倒れたという報せをうけた。予感していたことが、やっぱり、と、克子は胸を痛め、良人《おっと
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