度を失うことはなかった。
 侍女の姿はさらに第二の侍女の姿に変っていたが、それを彼が見たときも、聡明な人の態度は失わなかッたのである。彼が第三の問いに答えた時に人々のザワメキが起った。そのザワメキが示している意味に応じて、彼はにわかに総てを投げた人の態度を示したようであったというが、その反応は、三人の女の姿の一人ずつ入れ代っての現れに応じて起ったものではなくて、それに対する自身の信ずる正しい応答を終ってのちに、人々のザワメキに応じて起ったものであった。
「すると、三人の女が、一人ずつ姿を示したときには、義兄は多くの衝撃をうけなかったのだな」
 と、通太郎は心の中に、一ツの事実を確認した。
 義兄の態度が心にうけた激しい衝撃をマザマザと示したのは「三人の女が同時に並んで立っているのを見た」ときからであった。
 ここに、どれだけの差があるのであろうか。三人の姿が一人ずつ現れたことと、三人同時に並んだことに。
 義兄は三人の女は同一の一人である、と信じている。その言葉は、通太郎も自分の耳にたしかに聞いた。義兄は異った三体が同一人物の物であることを信じているのに、信ずる事実を目の前に見て衝撃を
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