彼は大伴家の莫大な財産について世俗的な関心がなかったから、義兄の風変りな結婚も、その妹と結婚した自分のことすらも、大伴家の財産をめぐる誰かの意図によるものだということを久しく気附かなかったほどである。
しかし、それに気がついた今日に至って、義兄が廃人として精神病院の一室へ運び去られたこの悲劇の終幕を知ると、この劇の性格や秘められた意図を劇のソモソモの始めから見直して、考え直す必要があるということに彼ほど鋭く心のうごいた者はなかったかも知れない。
彼は己が妻の観察を信じていた。なぜなら彼女の心が正しい位置におかれていることを彼は確信していたからであった。
エンマの法廷へひきだされた義兄は、叔父が義姉を指して、あれはそなたの何者に当る人かと無礼な問いを発しても、激するところなく、ただ問われたことに対して正しい返答をすることだけに心をきめた「最も聡明な人のみ示しうる態度」で応じたという。
義姉の姿が侍女の姿に入れ代ったのを見出したとき、彼の挙動はおどろきを示したが、やがてそのおどろきを圧し鎮めることができた。そして、第二の問いに対しても正しく返答することにのみ心をきめた聡明な人の態
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