心中に起った思いを読みとったのであろう。そのザワメキを身に浴びたとたんに、彼は一切の意志したものを投げて、すべての気乗りを失った様子であった。
「オレがいかに真実を語っても、どうせ誰にも分りやしないのだ」
 そう語っているように見えた。
 さッき示したあの聡明な態度、己れの信ずる正しい真実を語れば足りると心に定めた人の落ちついた態度から、このように総てを投げた態度に変るには、たぶん彼の心に、もはや人々に理解してもらうことを諦めた変化が起ったのだろう。
 彼は親の意志によって心にもないことをせざるを得ない子供のように、オツキアイだけの視線を、その方向にふりむけた。と、その瞬間に、この部屋に落雷があったようだった。部屋のマンナカの彼の姿だけがたった一人切り離されて、無音のカミナリに叩かれたように見えた。
 彼は視線をふりむけたところに三人の女の姿を認めたとたんに、その中間の姿勢のところでバネがきれたように停止した。次にカミナリが何かの意志によって冷めたい石の姿にちぢんで行きつつあるように見えた。と、彼の全身は静かにふるえはじめていた。ふるえは次第に高くなる。少しずつ。実に、少しずつ。満潮の
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