静かなキザシが数日後の颱風の怒濤にまで少しずつ少しずつ高まるものを示していると同じような緩慢な過程に見えた。
 ところが、その次の一瞬間に起ったことが、それを注視しつつあった各人によっても、まるで違った物を見たように印象されているのである。なぜなら、思いがけない影が目を掠めて走ったような唐突きわまる一瞬の変化が、アッと思うヒマもなく起って、終っていたからであった。
 克子の目が見たものは、こうであった。その時までの兄の姿勢は、意外きわまる物を見出した人が内心の混乱と争いつつ必死にそれを見まもる時の姿勢のように、あるいは恐怖のあまりそれに飛びかかる寸前の姿勢のように、両手を胸の両脇にシッカとちぢめて小腰をかがめて、そして、ふるえはじめているのであった。と、その一瞬に、胸の両脇にちぢまっていた両手が、そして、ちぢまったままふるえる以外にはどうしようもないように見えていたその両手が、にわかにパッとひらいて各々天の方向に延びきったように思われた。
 それはその両手の手首につけておいた操り人形のヒモを、その一瞬に誰かがヤケに引っぱりあげた結果に起った突然の動作のように見えた。まったくそのような一
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