居流れている前で誰一人としてうろたえる者の姿が見当らなければ、それこそ地獄絵図の何倍も怖しいものであったろう。なぜなら、それらは本来冷血な鬼の姿ではなくて人間の姿であるし、引きだされた人は彼女のただ一人の兄なのだ。
この者がそなたの何に当るか、と指さされたところには、白衣の洋装を身につけたシノブ夫人が立っていた。
女が美しいということは、男のいかなる威畏にも匹敵して劣るところのないものだ。シノブ夫人はエンマの法廷には不案内な外来者のようであったが、たまたま天女が地上へ迷い降りて、ここへ引ッ立てられてきた程度の外来者のようであった。白い裳をひき、一見天女の姿によく似て、まぶしく見えた。
彼女は晴高が自分を指さしていることも、指さすにつれて自分の良人が自分を見つめているであろうことも、超然として無関心のようだった。たぶん、この外来者は人間の言葉を知らないのだろう。さもなければ、良人の妻たる者を指さして、これはお前の何に当る者だ、という奇怪な訊問の対象にされているのに、超然としていられるものではない。
克子は見るに忍びぬ兄の姿を必死に追うた。兄は無礼な質問に答を拒むかも知れないが、拒
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