ジウラなのだろうか?
克子はそれを茫漠たる思考の中で思いだそうどしていた。
兄が発作のウワゴトの中で、シノブ夫人と、二人の侍女は三位一体、三人はただ一人の同じ人間だ、とくりかえし叫んだ言葉は忘れる筈はないけれども、それは克子を納得させた言葉ではなかった。むしろ、その言葉によって兄の妄想や悪い病気の方を納得させられ、寒々と悲しい思いをさせられたウツロな言葉だ。
あのとき彼女が「分身」を感じたのは、ジカに胸に刺しこんできた甚だ現実的な知覚によってであった筈だ。実にハッキリした何かであった筈である。
実にそれが、その一晩中、彼女には思いだすことができなかったのである。疲れきっていたせいであろうか。それが一晩中思いだせなかったということも、そこにツジウラと似たような何かの宿命があるのかも知れない。
★
居合わした人々は克子の報告をきいて一様によろこんだ様であった。そして、その後、兄の容態が再び悪い方へ向ったキザシは決して起っていなかったのだ。
しかるに午後になって、克子は別室の人々に呼びよせられた。別室には人々の物々しい姿があふれて殺気立っているように思えた
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