どを明確に意識している証拠であろう。現実と幻想がダブっていた日中には、五分前の約束も、今の時間も、現実的な知覚がなかったようである。
一夜あけて、兄は安らかに眠り、克子は希望にみちて枕頭をはなれ、一同にも吉報をつたえた。寝もやらぬ看病の疲れなどはまったく感じられなかった。湧きでてくる明るさだけで心がいっぱいだった。
むろん人々は喜んだ。その場に居合わせて喜ばない人はいなかった。晴高叔父も、須和康人も、久世喜善も。通太郎は云うまでもない。手持ち不沙汰な徹夜のツキアイなどのできないシノブ夫人は冬の陽差しが真南にまわる頃でないと目がさめないから、その場にはいなかった。しかし彼女の分身のような侍女のキミ子とカヨ子が居合わせて、よろこんでいた。そこで通太郎は安心して、妻に後をまかせて、いったん帰宅したのであった。
まったく、克子はそのとき、シノブ夫人の分身のような……、と、たしかにそう思ったことを記憶していた。今から思えば、この一つが不吉なツジウラだったのだ。シノブ夫人はこの席にはいない。どうせ、居る筈のない人だ。しかし、その分身のようなキミ子とカヨ子がいる。……
なぜ、それが、不吉なツ
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