いと思っております」
「大きなことを言うな」
からかうような言葉であったが、むしろ反対の感情が、何かハッと感動したような表情がうごいた。宗久が、自らそれを意外としたらしく、しかし素直にそれについて考えをくりのべ、また、まとめているようであった。そして険しい目をチラとあけたが、それを閉じて云った。
「通太郎君。君の心は、おごっているぞ。君の目は、人間の多くが、三で一を作っていること。それを見てはおるまい。ヨコシマな者は、一人で三ツの顔と体を持っている。別の名すらも持っておる」
通太郎はこの意外な言葉に、考えこんで、答えることができなかった。
「なぜ、黙っているか! そこに誰も居らぬのか! 克子は、どうした?」
宗久は目をつぶったまま、猛りたって、叫んだ。目があかないのだろうか?
「克子はここにおります」
「なぜ、早く、返事をしないのか」
通太郎がそれに答えて、
「返事ができなかったのです。兄上のお言葉が意外にすぎて理解いたしかねたのです。一人で三ツの顔と体を持った人間が、どこに居るでしょうか。真に有りうるでしょうか。有りうるならば、誰がその人間でありましょうか。それを説明していた
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