だかなければ、理解に苦しみます」
 宗久はそれを無表情にきき流して、暫し答えなかったが、相変らず目をとじたままで、
「君はエジプトのナイル河が海へそそぎ、その砂が海の底をわたって、海を距てて積みなしたところ、アラビヤの沙漠の辺にある国の名を知っているか」
 前説明が長くて奇怪であるが、要するにアラビヤの国の名を知っているか、という意味であろう。通太郎は思いつくままに、
「エルサレム」
「オウ!」
 かすかに叫んで、宗久は大きな目をあいた。通太郎をシッカと見つめて、
「エルサレムだと?」
「ちがいましたか」
 宗久は何事かに落胆しきったようだった。そして大切な物をしまいこむように、実にゆるやかに目をとじた。そして、いたましい声で、呟いた。
「お前たちは、しばらく、立ち去ってくれ。オレを一人にしておいてくれ。オレが呼んだらすぐ来ることができるように、隣りの部屋に待っていてくれ。夜も交替に起きて、オレの呼ぶ声をききもらしてはならぬぞ。オレの頭には、いま波がゆれている。それを鎮めるためには、オレは一人で考えてみなければならぬ。早く行け」
 二人は静かに引き返った。
 隣室には、人々が待っていた
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