ていた。ですから、犯人が血をさえぎった反対側は、被害者の背中の側だと考えたのです。ところが被害者の一人はクビの動脈もきられているし、一人は横にくの字に折れています。背後にも血がとぶべきであった。すると、そのとき、その壁は開いていたのだ。まさしく、それに相違ない。有りうるが故に、起るのだ。加害者は壁があいて、被害者のもぐりこむのを、待ち伏せていたのです」
 翌朝、新門の辰五郎の乾分《こぶん》に応援をたのんで縁の下へもぐってもらうと、彼は難なく、その石の壁をあけてしまった。
 その新居を造ったのが七宝寺のお抱え職人ベク助であったことも判明した。
 そこまでは分ったけれども、それから先は完全に糸が切れているようなものだ。
 酔い痴れた一座の人々の動静は誰にも明確な記憶がない。しかし恐らく犯人は外来者、平戸久作と門弟たちでは有り得ないであろう。なぜなら、彼らが血まみれの衣裳を始末することは不可能だからだ。だが、一応自宅へ戻って始末をつけ着代えてきても、怪しみをうけない道理もあった。諸人が酔い痴れていたからである。
 新十郎はふッつり人と往来をたち、日ごとに人知れず他出した。そのようなときに、彼
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