得るところなく、新十郎の一行三名、海舟の前へ報告にきた。新十郎は苦笑して、
「ありうべからざることが、有り得ている。そして、なぜだか、皆目分らないのですよ」
 海舟は落つきはらって、
「有りうべからざることとは何事だえ」
「板の裏側に血しぶきが附着しております。台所の床下の物置の中で、板の下にとじこめられて殺されたバカがいるのですよ」
「縁の下に入り口がないのかえ」
「ございません。四囲は石材をぬりかためたものです」
「新門の辰五郎の話では、ぬりこめた石材をうごかす術もあるそうだぜ。土蔵造りの左官屋が、縁の下にうごく壁をつくっておいて仕事をしていた例もあるそうな」
 新十郎は上気して、目をかがやかせた。
「有りうべからざることは、起り得ない道理です。どうして、そこに気がつかなかったろう。先生のお言葉の通りです。私はそれを見た。しかし、気がつかなかった。なぜ、そこに死んでいるか、そのワケにこだわりすぎたためでした。私はたしかに見ました。血の殆どかかっていない壁が二ヶ所にあった。一方は犯人の身体にさえぎられたと考え、一方はその方角に血が飛ばなかったと考えたのです。なぜなら二ツの壁は向い合っ
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