屋《はなのや》に虎之介の三騎づれ、馬を急がせて駈けつける。
 新十郎は現場を見て、おどろいた。
「ありうべからざることだ」
 さすがの新十郎も現場を睨んで、しばし茫然。ようやく発したのがその一語であった。
 二人の死体をていねいに調べた。
「この麻の袋は何を盗むツモリだろう? 室内には二人の足跡もない。しかし、とにかく、誰かが殺したことは確実だ」
 多数の警官が島田邸内をノミも逃げ場がないほど探す。門弟たちの私宅にも警官が走って、一同の昨夜の服装をとりしらべる。みんな礼服を着用していたのだが、どこにも血のあとが見られない。
 邸内くまなく探したが、特に盗みの対象となるような貴重な金品は見出すことができなかった。
「お紺が住み込みの下女で、父と兄が麻の袋をぶら下げていることには関聯があるのだろう。お紺は何を見たか」
 新十郎はお紺と全身的な対話を試みたが、彼女は父や兄に盗みを誘ったこともないし、貴重な品は見たことがないと答えるのみであった。
「麻の袋で運びだす貴重品」
 邸内くまなく探して見当らなければ仕方がない。盗まれる対象は実存しなかったと云うべきであろう。
 日の暮れるまで調査して
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