。
ベク助は箕作りとはウソであった。
人殺しと牢破りの兇状もち。名古屋に生れて東京横浜で育ち、大阪で牢に入った大工の新八という名題《なだい》の兇状もちであるが、うまいことには牢を破って山中をうろつくうちに、熊と闘って額から頬へ平手うちをくらって、片目がつぶれ、片アゴをかみとられた。しかし熊を斬り殺して、熊肉を食いつつその場に倒れ伏して死を待つうちに、悪運つよく生き返ったばかりでなく、すッかり人相が変り、別人に誕生してしまった。
そこで箕作りのベク助と相なったワケだが、ここに一ツだけ変らぬ物があった。ベク助が人に肌を見せないのは、そのためだ。
肌さえ見せなければ、生れ変ったこの人相、肌を見せないことが多少怪しみをうけても、真の秘密が見破られることは有りッこないとベク助は自負していた。油断のならない五忘だが、肌を見ない限りは、ほかに見破る手掛りはないはずだ。
「小野の小町の弟の朝臣だなア。ハッハッハア」
と、又してもチクリとやられたが、何を小癪なと、もうベク助は相手にならないことにしていた。
すると、五忘は高笑い。
「なア、ベク助朝臣。ガマと自雷也《じらいや》をしょッてちゃア、
前へ
次へ
全32ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング