だが、あの牛があの日まであばれたことは一度もねえや。今までに旦那が何十ぺんきても、マチガイがないじゃないか」
「二人は道を歩いてきたのか」
「道を歩くと人目につくから歩かねえよ。お寺詣りのフリして、炭焼小屋で夜を明して、翌日くるのだ。あの小屋から谷までは夜は暗くて分らないが、昼は目ジルシもあるし、歩くのは楽だ」
「その日オタツが来ていたか」
「前の日来たが、その日は来ない」
「前の日来たとき花房が明日くることをオタツに話したな」
「オタツはガマ六とオレの話をきいて、時々花房の来ることを知っていたから、それから後は谷へくるたび花房のことをいつもきくようになったのだ。オレはいつも谷で待ってるだけだ。オレは小屋がなくても、木の下にねられるから、雨風の日も谷でくらしていられる。あの炭焼小屋をでてから後は、オレは一度も炭小屋でねたことはないや。ただその巡査が変なことを云うから、炭焼小屋をこわしただけだい」
「それが本当かウソか、警察へきてオタツの前で言ってみろ。オタツはそうは云うていないぞ」
「オタツはウソつきだ。オレが人を殺すもんか」
 一行はナガレ目をひったてて、警察へ戻った。戻ってみると、
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