がプラットホームへ一足おりると、
「オイ。どこへ行く?」
ときいて、少年が便所へ行けば彼も一しょに行き、決して一人だけ取り残されないように必死につとめる様子であったという。そして当局の取調べにも、徹頭徹尾知らぬ存ぜぬ、気がつきませぬ、で押し通した。彼の臆病は有名だったし、彼に罪があるわけでもないから、それで通った。これも運転手君同様物を言わぬが車輪にハッキリ証拠がある。そこを汽車が通るのは午後七時二十分だ。日がくれて四十分くらいしかたたない時刻である。そこは踏切とちがって人家からも道路からも離れていて、まちがって轢かれるのは腑に落ちないところがあった。
死んでいる男はこの村の人間ではなかった。式根楼という小田原の遊女屋のオヤジである。五十がらみのデップリふとった大男で、昔は素人相撲の大関をとった力自慢。幕末までは十手捕縄をあずかるヤクザ、俗に二足のワラジをはくという田舎にありがちなボスの一人である。
「式根楼のガマ六と云えば小田原の憎まれ者だが、俗に目から鼻へぬけるという悪智恵のはたらく奴。汽車にはねとばされる不覚者でもないし、自殺するようなウブな奴ではない。第一、この村へなんの用
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