いをもっているから、よく考えながら、
「そうですねえ。旅にでる前に特別誰かと打ち合わせもしませんでしたね。いつも急に思いたつのですよ。毎日の習慣と申しますと、私たちは夜がおそい商売ですから、朝寝で、おヒルちかくまでねていますが、あの人は建築業をやってますから、早起きで毎日九時ごろには起きて店の表へ出て『本日十一時開店』の札をだします。いえ、札を裏がえしにするんです。私たちがねる前に『本日終業』の方をだしておきますから、その裏を返すと『十一時開店』がでるのです。それから食事して、私たちの知らないうちに仕事にでてしまうのです。ですが、最近は、夜あけごろに一度目をさまして、入口の札を直したそうです。その後また一ねむりしたそうですが、そんなこまかいことが気にかかるのも、こうなる知らせと申しましょうか。なんとなく神経質でしたよ」
「塀を高くしたのも、朝早く起るようになったのと同じころからですね」
「塀を高くしたのは、それよりも早かったようです。私が高くしたのです。お隣りからのぞく人がいて困るというお客さんの言葉を再々きくようになりましたから。それは半年以上も前のことで、主人が朝早く起るようになっ
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