た。胸騒ぎがするほど亢奮してしまった。これだ! 空をとび姿を消す魔法の代用品とは、まさに、これだ。夜のヤミを利用するほかに、姿を消す代用品があるだろうか。あるかも知れないと新十郎は云った。まさに、あったのだ。寺へ行く人と見せかけていたのである。ゾロリとした着流しのナゾもそこにあったらしい、と考えた。ところが菅谷の考えを知らぬ坊さんは言葉をつづけて、
「しかし、この裏を登って、どこへ行くのですかねえ。一尺ぐらいの細い道があるにはあるが、ものの十丁も行くと消えてなくなる。以前はそこに炭炊き小屋があったが」
菅谷はとび上るほどおどろいた。そうだ。むかしナガレ目の炭焼きカマドはここにあったことがある。そう古い話ではない。二年ぐらい前まではここで炭をやいていた。彼は息をはずませてしまった。
「その小屋はいつごろまでありましたか」
「さア。その後のことは知りませんが、炭焼きが他へ移って二三年になるから、小屋はもうないと思うが」
菅谷は寺をでると、さっそく裏の山へ登った。倒れそうな小さな小屋が、今も残っているではないか。炭焼きの場所を移せば、小屋もそっちへ移しそうなものだが、他へ移さないとすれば
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