知れない。菅谷巡査にこづかれると、彼は切なそうに、
「オタツ、やせたなア」
 と涙ぐましい声をふりしぼった。それは何物も思い出せなかった代りに、あまりの切ない現実に目をうたれた真情をあらわしていたが、誰の目にもオタツのやせた様子は認められないので、タンテイたちはギョッとして、これから、どうなることかと思った。
 けれどもカモ七は見かけは留守のようであるが、実に驚くべき雄弁であった。
「オタツのウチがマンナカで、オレのウチとクサレ目のウチがアッチとコッチにありました」
 と、手で地図を説明するように器用にふりながら、誰の存在もそう大して気にかからないように、彼は演説しはじめた。クサレ目というのはナガレ目の他の表現だが、クサレ目の方がきびしいらしく当人がテキメンに立腹するから、彼を侮辱するために呼びかける時はクサレ目を用いるのが普通であった。
「オレが十一のときオタツが九ツで二人は夫婦の約束をしましたが、クサレ目はオタツに惚れてヨメになってくれとたのんだがクサレ目はキライだからとことわられました。そのときからクサレ目はオタツにもクサレ目をうつしてやろうとオタツの通りかかるのを隠れて狙ってい
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