ツは益々怒って息をととのえるために苦しみ、頭や額の汗が下方へ流れずに四方へ傘状にとび散った。それは胸から顔へと押しあげる恐ろしいボーチョウの力によるものだということである。
「オレがいつ山の木を伐ったか。お前はそれをいつ見たか」
 オタツは唸った。オタツは雄弁ではないから、それを補うためにナガレ目をワシづかみにする必要があったが、それが出来ないので、益々不自由のようであった。
「オレは見たよ」
 ナガレ目は落ちつき払っていた。しかし言葉はそれだけであった。
「いつ見たか」
「見たよ」
「お前はオレに伐った木を運んでくれと頼んだろう。オレが運んだのは、お前が伐った木だ」
「お前が運んだからお前が伐った木だ」
「この野郎。ウソツキめ!」
 二人の口論はこれ以上に発展しない。同じことをくりかえすだけだ。ナガレ目はオタツとの口論に限って冷静そのものの様子になったが、オタツは亢奮して言葉を失ってしまう。ナガレ目の言葉はこの口論に限って論証的であった。お前が運んだから[#「から」に傍点]お前が伐った木だと云う。この時に限って論証的であるのは、事実無根のことを屁理窟で言いくるめているように一応は考え
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