たわけではないが、人々の話を綜合したところでは、好男子で、無口で、陰気な男だが、田舎娘や女中などをまるめこむには特別の技能があるという。非常に利口で、全てにつけて考えが行き届いているが、痩せ型で至って非力な男だと人々は云っている。ところが、こうと思いこむと執念深くて、必ずやりとげるような根強い実行力があり、人々に、否、ガマ六のような腕ッ節の強い、世渡りに自信のある老獪な渡世人にまで、怖れられていたという。
 この事件がもし他殺とすれば、非常に腕力を必要とする。ガマ六のような腕自慢を一人で倒すには余程の力が必要であろう。
 誰の目にも非力であると云われる質屋の倅がガマ六を倒しうるか。彼には欠けた力を補うに足る才の力があるらしい。
 けれども、ガマ六のような強力な人物を策によって力に代え、これを殺しうる方法がありうるであろうか。しかも、ガマ六が鉄路に横たえられて汽車にひかれたのは日がくれてからたった四十分の後である。
 その近くに彼の根拠地があれば話が分るが、そのへんはすべてを暗《そら》んじている菅谷の城下お膝元、自慢ではないが、自分の土地について、自分の知らないことを人が知っているような不案内な所が、一ヶ所でもあろうとは思われぬ。たった四十分間に人に知られず殺したり鉄路に横たえうるであろうか。しかも己れの何倍も強力な力持が相手である。前夜に殺したとすれば日中人知れず隠しておいて、たった四十分間に、隠し場所から運びだして処置することは、さらに複雑面倒ではないか。しかし、凡人の考えあたわぬ難事を為しとげるのが、即ち彼の特別の才であろうか、菅谷は地形から可能の場合を考えてみたが、草深い田舎ではあるが、人家がないわけではない。田舎の地形というものは、無人の田圃《たんぼ》は平地で隠れ場がなく、人家は繁みの中にあり、またどこの繋みに人目があるか分らぬもので、人知れず事を行うに決して安全というわけではない。隠れ家を考えられないのである。
 現場に最も近い人家はオタツとカモ七の家であるが、住む人物が特別だから時々騒ぎも起るし、騒ぎがなくても菅谷も、月に一度ぐらいは見廻りに行って、二人の風変りな男女の生活はよく心得ているが、二人は山腹の痩せ地をよく耕して、苦しい生活もしていないし、陰のある生活もしていない。オタツはカモ七が好きなのだ。こういう世に稀れな力持ちの大女は小男で働きのないカモ七のようなバカな能ナシが好きと見えて、カモ七が十九、オタツが十七の年に両名相談の上、オタツはカモ七の親のところへ、カモ七はオタツの親のところへ二人の結婚の承諾を求めに行った。
 カモ七はオタツの父にいきなり飲みかけのお茶をぶッかけられた。するとカモ七は、
「お茶をぶッかけたのはオレとオタツを祝ってくれたのか。オレはお茶だと思うが、しかしお前は白湯《さゆ》をのんでいたのかも知れないな。いまオレにかけたのはお茶だろうか白湯だろうか、どっちの方だ」
 云い終らないうちに火吹竹で十あまり殴られて戸外へ投げとばされてノビてしまった。
 オタツの方はカモ七の母親に散々からかわれ、おまけに野良帰りの足を洗っていたカモ七の父に足を洗った水をぶッかけられたので、オタツは赤々とふくれ上って、近くにあった火吹竹を一握りするやカモ七の親父の頭を十あまりぶッて、ノビたのを近所のタンボまで運んで投げこみ、その頭から肥をかけた。
 村の者が相談の結果、二人風変りの恋人を一しょにさせて、遠い山腹の痩せ地を与えたが、オタツは力に物を云わせ木をぬき肥料をかつぎあげ、立派な畑にしあげて村人をアッと云わせ、二人の生活は至って平和であった。もっとも一週のうち一度や二度は突きとばされたり殴られたりしてカモ七がノビたり、顔を腫らしたり、骨を折ったりしたが、カモ七の骨は粘り気が強いらしく、じき治ってしまう。山腹の畑の方にも小屋をつくって、忙しくなるとオタツは山小屋にこもったが、留守番のカモ七は朝と夕方山へ食べ物を運ぶついでに、トリイレのムギやイモをいくらか運び下す程度で、日中と夜間は何もしない留守番だった。その期間山と下で別々にくらす二人が人に分らぬ秘密の生活をしていたにしても、山小屋は遠く離れていて、ただ歩くだけでも現場から四十分以上はタップリかかるし、ウスノロで非力のカモ七に気のきいた犯罪はできそうにもない。
 菅谷はどうしても何か秘密があるし、誰かが殺したに相違ないと思ったが、本署の方では一方は酔っての過失死であるし、他方は牛が犯人だときめて動く様子がないし、いくら考えても自分の力では謎が解けそうもない。そこで上京のツイデに思いきって結城新十郎を訪ね、今までのことをみんな語って判断をもとめた。

          ★

 新十郎はきき終って、
「あなたは一番大事なことをよく見ていらッしゃる。汽車にひかれた
前へ 次へ
全15ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング