があって来たのだろう? ゾロリとした着流しだが、足にワラジをはいている。着流しにワラジというのは散歩にも変だし、旅姿にも変だなア。懐中物が何一ツ見当らないじゃないか」
 菅谷巡査は考えこんだ。考えこむのはムリがない。こんなところで死んでるのは、この男の柄に似合わぬことで、解せない節が多い。この男の猪クビは有名だが、タアイもなくネジ切られて、バラバラのうちで首が一番遠く十間の余もとんでいる。ガマ六のヤブニラミといえば泣く子もだまるほどニラミのきいたものだが、その目玉の片方はとびだしてホッペタにぶら下っているし、片目はなくなっている。
「頭を強く打つと目玉がとびでるというが、たしかにこの頭は強く叩きつけられて骨が砕けている。すると世間で言う通り、ぶたれると目玉は飛びだすのかなア。まてよ。さては片目はイレ目だな。しかし、イレ目がヤブニラミは変だが、そこがヤクザのことだから、ニラミをきかせるツモリかなア」
 いろいろ解せないことがある。けれども田舎の駐在巡査が何を考えたって、どうにもならない。国府津や小田原から上級の警官や縁者がかけつけると、菅谷巡査の存在は全然なくなり、彼に一言の相談もなければ、当局の判断や結論を知らせることもなく、屍体とともに引きあげてしまった。
 十日もすぎてから小田原へでたついでに訊いてみると、ガマ六は酔っ払って汽車にひかれたのだそうだ。下曾我を歩いていたのはナゼだろうと訊ねると、ガマ六は前日旅にでたという。というのは、ちかごろ箱根がひらけてきたので、ガマ六は箱根の諸方に三ツも旅館をひらいた。それが遊女屋とも旅館ともつかないアイマイ宿で、そのために女が必要である。川柳にサガミ女というようにサガミの奥地には女中奉公に適した女がいるという俗説があるから、ガマ六はちかごろ女中さがしの旅にでることが多く、それは今の小田急沿線に沿うて左右の山地にわけいるようなジグザグコースをなんとなくブラブラさがしていたらしいから、下曾我を通るのはフシギではないという話であった。
 だが、日が暮れてから、あんな道でもないところをチョウチンなしで歩くとは変だ。
「どこで酒をのんだんですか」
 ときくと、ナニ、酔ってるから汽車にハネとばされたんだ。どこで飲もうと、酔うのは同じことだ、という荒ッポイ返事で、おまけに、どうもキサマは理窟ッポイぞ、と叱言《こごと》をくった。
 菅谷巡査
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