三枝子が頼まれたことを果して戻ってくると、当吉はフトンのフタをあけずに、クグリ戸のカンヌキはかけずにおいたかと確かめたし、ラクは机上の燭台のことと枕元の水のことを確かめ、由也はまだ戻らないことも確かめた。
いよいよゴロゴロが頭上にせまってきた。ピンピンキーンとはりさけるような落雷音。天地はわれる思い。由也が帰宅したのはそのさなかである。三枝子が「ハイ」と叫んで立上ったようだから、オソノが、
「なアに?」
フトンのフタをあけずにこうきいた。オソノだけが質問したのは、まだしも彼女が一番生色が残っていたせいらしい。
「お帰りのようだわ。今、そこでお手が鳴ったの」
三枝子はこう答えて去った。お手が鳴ったというが、雨戸をうつ豪雨の物すごい音のさなかではあるしフトンのフタをシッカと閉じた三名にはそのお手の音がきこえなかったが、三枝子はそこで[#「そこで」に傍点]お手が鳴ったという。由也の部屋は女中部屋からズッと離れていて、大豪雨と大雷鳴の最中に部屋でお手を鳴らして聞えるとは思われないから、わざわざ女中部屋の近くまできてお手を鳴らしたものらしい。玄関にも距離があるので、由也が玄関の戸をあけて戻
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