汗のしたたるも意とせずフトンをかぶり通すという手の施しようもない病人であった。
 家令今村夫妻のどちらかが留守してくれると心配はないのだが、このたびはよんどころない重大な墓参、心きいた夫妻がいないと差支えがあって、どちらを残すわけにもゆかない。しかし当吉夫婦はカミナリ以外の時は信用のおける人たちだから、特に留守中が不安というほどではなかった。
 邸内には馬小屋と並んで馬丁当吉夫婦の小住宅がある。主人不在中だから妻ラクだけは本宅の女中部屋へ泊りこんでいた。そこで当吉は女中部屋で一同と夕食を共にしてからいったん自分の小屋へ戻ったが、ピカリときたので、うかない顔で本宅の女中部屋へ現れたのである。とても一人でピカピカゴロゴロに抵抗できない心中察すべきである。
 そのうちにゴロゴロがはじまったので女中部屋にカヤをつり、一ツのカヤ中に男女寝床を並べるなどということをトヤカク考える理由はこの際の三人の当事者には一切念頭にないのだから、すこしでも味方の多いに越したことはなく、いそいで三ツの寝床をしいて三人のカミナリ病人はフトンをひッかぶり、貝が敵襲をふせぐようにピッタリとフタを閉じてしまったのである。
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