必要もありました。自分のためではなくて、他の一人を酔わせでおくための酒でした。かくて大雷鳴の時に至って、カミナリ組の三名と、他の一名は酒によって、いずれも有って無き存在となり、残る二名のうち、彼以外の三枝子さんは彼に殺されるから、これは完全に無き存在となるわけで、ある時間中は自分以外の「有る」存在は母里家に一人もいなかったという、ハゲ蛸で時田栃尾両名の口論から思いついた犯罪ながらも、計画は行き届いておりましたし、偶然も彼に味方するところが多かったようです。第一昨夜の、大雷雨が実に長時間にわたりました。さて、この事件の結果として、どういうことが起ったかというと、犯人はいったん質に入れたものを受けだしています。それは合計して千円を越す大金ですが、それは事件の発見された当の夜のことで、その日中には犯人は時田さんのところに居ったことが分っているし、これは時田さんから出た金であろう。すると時田さんがユスられているワケであるが、ユスられるのはナゼであるか。それを知る方法は現場には一ツもないのです。私は意を決して時田さんに手紙を送り、彼が犯人ではない理由を証明した上で、どういう方法でユスられているか、その真相の返書を求めました。出発前に古田さんがその返書を届けて下さったのですが、そこには、こう書いてありますよ」
 新十郎は手紙を披《ひら》いて、
「時田さんは泥酔すると前後不覚になって、その時の記憶を失ってしまう癖がありました。彼がふと目をさましたとき、彼がどうしてこんなところに寝ているのか、しばしは分らなかった。彼を起したのは由也で、枕元にションボリとユウレイのように坐っていたそうです。時田さんが由也の様子にハッとして、かたえを見ると、自分と並んで女がねている。見ると三枝子さんで、すでに死んでいたのです。由也の話で彼は次第に思いだしたが、彼はたしかに三枝子に会いたい、三枝子の手を握りたいとか、なんとかだとか、お前のところへ泊めろと由也に対して強情に言いはっていたのも思いだすことができた。また三枝子さんが来たときに、半ばねむりかけていたらしいが由也に起されたのか起き上ってみると、まさにそこへ手燭をもって現れたのが三枝子さんであったから、いきなりとびついて手を握ったが、すると三枝子さんが手燭を落したから、マックラになる。何かゴチャ/\しているうちに、そのあとは意識がない。由也の話では彼が手で三枝子さんの首をしめて自然に殺してしまい、由也がようやく手燭の灯をつけてフトンをのけてみると、時田さんは眠りこけているし、三枝子さんは死んでいたと云うのだそうです。由也は茫然として長い失心状態の後に、とにかく時田さんをゆり起したと云いますが、そう云われると、たしかになんとなく思い当るし、自分の腕には三枝子さんにひッかかれたらしいカスリ傷もあるし、彼の言を信ぜざるを得なかったそうです。すると由也は、君が殺したとなると自分も父に叱られて困ったことになるから、父の秘蔵の品物をわって三枝子が失踪したようにしよう。こういうわけで、青磁と柿右衛門の皿をわって、三枝子の屍体はいったん縁の下へ穴をほって埋めた後に、この件では皿屋敷が誰の頭にもピンとくるだろうから、なるべく人にピンとくるように裏の井戸へ石を投げこもう。そのすぐ上の二階には今村小六という勉強ずきの神学生がいて、今も灯がもれているから、この水音をききのがす筈はない。さて、そこで深夜に水音がしたのに井戸を探っても屍体がないとあれば、それは三枝子さんの偽装で、実は三枝子さんは生きて行方をくらましているらしいということが自然に人々に信じられるであろう。これが由也の語ってきかせた計画であったそうです。長時間の大雷雨のおかげで屍体の始末も終り、さて大雷雨のあがるのを待って、井戸へ石を投げこんで、時田さんは母里家を立ち去ったのでした。由也のユスリの計画の方は実に見事に成功したのですね。そして彼は三枝子さんの屍体の最後の始末の方法は時田さんにも語らなかったのですが、彼は実に最初からそれを考えていたと思われる節があります。彼が裏庭の井戸へ石を投げこんだのは、屍体があると思わせて実は屍体がなく、それによって三枝子さんが自ら皿屋敷を偽装したと見せる方策でもありましたが、更にそれよりも重大な意味があった。それは、そこに改めて屍体を隠すためです。なぜなら、一番安全な隠し場所は、いったん警官が捜査したあとへ隠すに限る。二度と捜しはしないし、彼はたぶんその井戸が父母いずれかによって地下に隠されることを知っており、父母がそれを考えつかない時は自分がそれを暗示しても、結局そうなしうることを確信していたろうと思います。いったん警官が存分に捜した後に地下へ没して地上の形すらも失う井戸であるから、これぐらい完全な隠し場所はないでしょう。共同の秘密をに
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