だ。こう時田をおびやかして、わざと彼を井戸端へ案内して、屍体の有無をさぐるために石を落してみる。それが深夜の水の音よ。実地にこうまでしてみせるのは、時田をふるえあがらせてユスリをやるための際どいながらも思いきった手段だなア。由也は相当な悪党だぜ。こう悪度胸のある奴には、信心深い小娘などは却ってコロリと参るものだな。お三枝は無実じゃなく、正真正銘由也のイロであったかも知れないぜ」
海舟はこう語り終って、口辺にかすかな、その意味を理解しがたい謎のような微笑めくものを浮かべた。まるで石仏が一瞬ニッと笑ったようだ。虎之介はギョッとして、思わずハラワタの底の底まで凍りつくような恐怖にかられた。
★
正午に一同集まったが、新十郎は昨日の約束を忘れたように、雑談に時をすごしているのであった。そこへ古田老巡査が大急ぎでやってきて、一通の手紙を渡した。新十郎はそれを読み終ると生き生きと笑って、
「さて、出発の時がきましたよ。万事は考えていた通りでした」
一行が駒込の母里家へ到着すると、佐々警部補が出迎えて、お指図通り一同を一室に集めておきました、と云う。新十郎は、
「それは恐縮でした。私はこの現場は始めてだが、間取りや庭など一見させていただきましょうか」
そこで案内されて邸内を見て廻り、庭へでて裏庭の井戸へくると、警部補が、
「もうその井戸はふさいでしまって、ほら、もうこの辺はだだの土一面ですが、そこの下に井戸があったのです。イヤ。今もあるんですな。旅行から主人が戻ると、ケチのついた井戸は不吉だと、すぐさま職人をよんで井戸にフタをして土をかけて跡形も分らぬようにしてしまったそうですよ」
「そうでしたか。たしかにケチのついた裏庭の古井戸などは埋めたくなるのが当然ですよ」
新十郎はアッサリうなずいたが、急にビックリしたように、
「エ? エ? 待てよ。そうか。そうか。それが、あったか」
彼はブツブツ呟いた。複雑な表情だ。
「取り調べの前に、そうだ。一ツ、やってみよう。これも御愛嬌だからな」
新十郎は古田巡査に何かささやいた。何事が起るのか分らないが、一同がポカンとして待っていると、古田巡査がつれてきたのは職人で、井戸をふさいだ土をのけて、ふさいだ物をとりのぞいた。少し井戸の中がのぞけてくると、なんとなく異臭がプンプンする。井戸がポッカリ口をあけると、新十郎はのぞきこんだが、
「どうも深くて見えないが、すでにこの臭気で、だいたいは想像できますね。井戸の底には、今度こそホンモノの三枝子さんの屍体がある筈です。そうか。やっぱり、そうだったか。犯人はそこまで考えていたのだなア。実に怖しい犯人だ」
覆面して井戸へ降りた職人がひきあげてきたのはまさしく三枝子の殺された屍体であった。そッちには目もくれず、新十郎が目をそそいでそッと手を握っているのは頼重太郎に対してであった。
「あなたは太陽なんです。ね。お分りでしょう。これぐらいのことで、太陽ともあろうものが。太陽が泣くなんて……」
一室に足どめされていた関係者の中の真犯人はすでに捕えられていた。一同にうながされて、新十郎はあまり気持もすすまぬらしい話しぶりで、事件の真相を語った。
「事件の翌朝、三枝子さんの失踪が分った日の、泥や汚物でつくられたものが奇妙だとお考えになりませんでしたか。泥の足跡はふいた様子もありますが、ふき残したところもあって、それは二人の足跡を示しています。寝床は一ツしか敷かれていないが、押入れの中には一そう泥だらけのフトンがあって、その中には念入りにメガネまであって誰かの寝たあとを示しているし、吐いた汚物の下には他人の所有を示す署名の本がある。一応足跡をふいたり、寝床の一ツを押入れへ片づけたりしていますけれども、実際は誰かが前夜一時的に宿泊したことが明白で、それが一応かくされたように見せかけてあるのは、実は一そう誰かの宿泊ということに疑惑が深く差し向けられるように仕向けられたものだと解してよろしいでしょう。ここに事件全体の暗示があったのです。足跡をふいたらしい物が発見されないということは、それが隠されたことを意味し、したがって、他にもどこかに隠された何かが有りうると語ってもいますね。他に何が隠されたと想像しうるか。それは云うまでもなく三枝子さんの屍体ですよ。犯人は家で飲むためにと貧乏徳利に酒をつめてブラ下げたが、家ではのまずに、家にすぐ近いエンマ堂で、当然雨がふりかかるのをかまわずに酒をのんでいます。それはカミナリが更に荒々しくなる時をまつ必要があってのことです。三人のカミナリ病人が有って無き存在となる時をまつ必要もあったし、大雷鳴を利用する必要もありましたろう。その大雷鳴を待ちつつも、もしも時田さんの酔いがさめかけたなら更に酒をのませて正気を失わせる
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