ぎる時田すらもそれを知らないのです。かくて彼自身は永遠に安全でもあるし、永遠にユスることもできる。時田さんはいつ発見されるかも知れないよその縁の下の屍体に永遠にビクビクしなければならないのです。もしもイナズマがそのとき庭を照らさなければ、彼の計画はシッポを出さなかったかも知れません。井戸にあるべき屍体がないとだけでは、誰しも三枝子さん自らの偽装であり失踪であると考えます。彼はそれに自信があったのでしょう。わざと泥の足跡を目立たせ、自分一人らしく見せかけて実は二人を暗示し、メガネまで利用して時田さんの容疑を深める方法をとりました。それはユスリに有利のためであり、イナズマを忘れていたためでもあり、要するに彼の恐るべき悪度胸を物語っていますよ」
それが新十郎の推理であった。
★
海舟の前にかしこまった虎之介は、今度という今度は特別であったらしく、新十郎の推理を語ったあとでわざと神妙に、
「由也が時田をゆすッた点など相似ておりますが内実は雲泥の差で。ハ。恐れながら、御前の推理が似ていましたのは由也が恐るべき悪度胸であるという一言のみでございましたな。信心深い小娘が悪度胸にゾッコン参るものだなどとはこれも真ッ赤なイツワリ」
今度という今度ばかりは新十郎が現場も見ずに話をきいただけのズバリであるから、虎之介もキモに銘じるところがあったらしい。けれども、新十郎への語り手は重太郎と遠山。海舟への語り手は虎之介。大そう違いがあるらしいのは計算に入れていない。
海舟は平気な顔で、
「悪度胸の一言が似ればタクサンだ。それが全部のカナメだよ。それで全部解きつくしているのだが、バカには分らねえや」
虎之介は分らないことに満足した。
底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第五巻第一一号」
1951(昭和26)年9月1日発行
初出:「小説新潮 第五巻第一一号」
1951(昭和26)年9月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2006年5月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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