が疑わしいと定まっては、天下にも相すみません。かくなる以上は日本一の探偵に秘密をさがしていただいて、一時も早く事実をつきとめ、天下に謝罪しなければなりません」
 こう嘆かれて、遠山も慰めるに言葉もなく、二人は同道して結城新十郎を訪ねた。今までの捜査のテンマツを全部語りあかして、真相究明を依頼したのであった。

          ★

 新十郎は話をきき終り、落胆しきった二人を慰めて、
「あなた方はよくおやりになったのですよ。私がやってもあなた方と同じような順で、ほぼ同じことを訊いて廻ったでしょう。ですが、あなた方は個々に判明する事実をいつも組み合せて考えておしまいになる。それだけは私のやらない方法なんです。たとえば、井戸の水音のとき、イナズマに照しだされたのは二人の男の姿であったということと、料理屋でアイビキしていたのは由也氏と三枝子さんらしいということと、どうして二ツが関係したり組み合う必要があるのでしょうか。イナズマが照しだしたのが二人の男の姿なら、その男が誰と誰か、それを究明することだけがその事実と組み合っているヌキサシならぬことではありませんか。あなた方はメガネの主をつきとめ、その男が現にメガネを紛失していたのを突きとめながら、紛失したメガネが母里家の泥だらけのフトンの間から出てきたのはナゼであるかをどうして追求なさらなかったのでしょうか。私があなた方なら、まず当然次のようなことをぬからずに調べていたでしょう」
 こう云って新十郎が示したのは、
 一。オソノは三枝子が手燭を持って去ったというが、それは翌日どこにあったか。
 二。ハゲ蛸は由也が家で飲むからと貧乏徳利に酒をつめてブラ下げて帰ったというが、その徳利はどこにあったか。
 三。台所の近い方まで来ていた足跡は大きい方か小さい方か。
 四。泥の足跡をふいた物は発見されたか。
 五。由也が当日着て出たものは翌朝どこからどのような状態で見出されたか。
 六。母里家から紛失したものは何と何であるか。
 七。由也の依頼品らしき入質物でムカデの茶器のほかに受けだされた物はあったか。
 八。ムカデの茶器の入質の金額。
 九。ムカデの茶器の現在の在り場所。
 十。ムカデの茶器がうけだされた晩の由也の動勢。
 新十郎は以上十をあげて、
「これだけは当然あなた方が追求すべくして忘れていらッしゃッたことですから、それを調べていらッしゃい。なお、あなた方は自分の方法が失敗だった、そのために敵に裏をかかれたと思い当るたびに方法を改められたのですが、そのために却って大きな失敗をしていますが、これはお気づきになりますまい。それは今度いらッしゃるまでに私が調べておきましょう。では、三日後にお目にかかりましょうか」
 その三日後であった。重太郎と遠山が調べてきた十の答えはこうであった。
 一。三枝子が持ち去った手燭は仏壇にあった。仏間は由也の寝室と青磁や皿がわれていた座敷の中間である。
 二。貧乏徳利はエンマ堂の前にカラになってころがっていた。エンマ堂はハゲ蛸から由也の家へ行く道筋の墓地のはずれにあって、その堂内には二ヶ月前からひそかに一人の乞食が夜間の住居にしており、重太郎の巧みな方法で彼の口をわらせることに成功したが、二人はエンマ堂に腰かけて徳利の酒をのんでいたらしく、大雷雨になってから立去った。二人が去ると乞食はいそいで出てみたが、徳利は横にころがって、中味は殆ど残っておらず、二人の一方は甚しく酔っていた。
 三。その足跡の大小はオソノの記憶にはない。足跡の大小に気附かぬうちに真ッ先にふいたからである。
 四。泥の足跡をふいたと思れれるものは発見されていない。
 五。由也のぬれた着物は部屋の隅に脱ぎすてられていた。由也はネマキをきてねたらしく、そのためか、由也のフトンは押入の中から発見された他の泥だらけのフトンよりも泥の附着が少なかった。
 六。母里家から紛失したものは今のところ分らない。
 七。由也の入質品はムカデの茶器が受けだされる迄は受けだされたことがない。ムカデの茶器とともに質流れをまぬがれていた品物の全部が受けだされた。それは小刀一振。能面一ツ。色鍋島の皿一ツである。以上の三ツは利子も加えて合計五百五十円ほどである。
 八。ムカデの茶器はわずかに五百円で入質されていた。それは使いの小女がそれぐらいでよいとの口上をうけてきたからであった。
 九。ムカデの茶器は現在母里家にあると母里大学が言明した。彼はそれが何人かによって留守中に入質されたことを知らないらしく見える。
 十。それがうけだされた晩は由也は夜ふけの十二時ちかく帰宅した。その晩は三枝子の失踪が発見しての第一夜であるから、残った三人の召使いは男の当吉も含めて女中部屋に由也の帰宅を待っており、彼が帰るまでは誰かが朝まで起きてい
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