らしい二人の男の姿を見た。ただちに闇にもどって、それ以上は分らなかったが、彼らの跫音《あしおと》も話声もきこえなかったという。
 判明したことはむしろ奇怪な事実であった。その井戸には何もなかったのだ。いったい、どうしたワケなのだろうか。
 二人が署へ戻って佐々警部補に報告すると、警部も首をかしげて、
「なるほど、実に奇妙だなア。ところで、母里家に怪事があったときいて、他の係りの者から報らせがあったが、浅草のさる質屋からの申告で、昔そのために戦争まで起ったというムカデの茶器とかいう重宝のホンモノらしいものが十日ほど前に入質されたが、それは現在は母里家に所蔵されているのが好事家間には分っているのだそうだ。それで盗品ではないかと云って届けがあった。それが昨日のことで、今朝浅草の警察からこッちへ書類が廻されてきたそうだよ。入質したのは向島の小勝という芸者だそうだよ。ひとつ、洗ってみてくれないか」
 遠山はこう命じられたが、今までの失敗にこりたから私服に着かえて、重太郎と連れだって、直接小勝には当らずに近所をコクメイにしらべると、小勝は二十二の土地でも指折りの美形で、旦那に一軒もたせてもらって抱えを置いてるが、その抱えのヤッコという妓のナジミの大学生というのが、どうも由也のようだ。ヤッコと仲よしで、若い妓の中で土地一番の美形という小仙という妓にお金持の大学生がついてるというが、これはたしかに時田らしい。その時田に連れられてきた由也が色里の味を覚え、ヤッコとなじんだのが去年の暮らしく、彼は時田のように遊ぶ金が自由にならないから、一品二品と家から何か持ってきてヤッコに入質してもらう。ムカデの何とかという天下に隠れもない名題《なだい》の茶器に至って、質屋も後のセンギを怖れてか届け出たが、実はそれ以前にも相当な品物が同一の手からかなり度重って入質されていたのであった。
 遠山と重太郎が搦め手をきゝまわり、三日間かゝって、これだけのことを調べあげた。あとは張りこんで時田や由也の遊ぶ現場を見届ける一手と、相当な収穫に喜んでいったん報告のために署へでると、佐々警部補が彼の顔を見るなり、
「オイ。どこでウロウロしているのだ。浅草の質屋からまた報告があって、例の天下名題の茶器は質入れの当人がうけだしているじゃないか。受けだしたのは、私がお前に調査を命じたその日の夜のことだ。今まで何をボヤボヤしていたのだ」
 今度は要心して、その当人や当の店の者に直接会って話をきかなかった。今度はそのために、また失敗してしまったのである。
 遠山はまったく元気を失い、次の非番の日にションボリ重太郎に報告した。重太郎は彼を慰めて、
「こうなれば仕方がない。とにかく張りこんで由也の遊ぶ現場をつきとめましょう」
「イヤ、イヤ。もうダメです。由也の父母はすでに三四日も前に旅から戻ってきました。彼は今までのように大ッピラに遊べなくなったのです」
「しかし、今回両親が不在になるまでは外泊したことがないというのだから、彼の特別な遊ぶ方法があるのでしょう。それを突きとめるのは、むしろ重大と思いますが」
「なるほど、それもそうだ。それでは行ってみましょうか」
 そこで二人でまた熱心にきいて廻ると、また三日かかって判った。由也らしい男は、時田と一しょでない時は、「カネ万」という小さな料亭で女をよびだして会っていたという。そこで二人はその料亭へ行って訊くと、
「ええ、そうですよ。母里さんは三月ごろからここへ来て女の方をお待ちになりましたよ。たいがい日曜日ですけどねえ。決して夜間にいらしたことはございませんの。女の方というのは十七八、すごい別ピンさんで、全然水商売の女じゃありませんとも。芸者? とんでもない。それどころか、女の方はヤソ教の信者ですとさ。教会へ行くのを口実にアイビキなんですとさ。チャッカリしてますよ。当節のハイカラさんはね。いいえ、二人が連れだっていらしたことはございません」
 聞く重太郎は奈落へおちる如くである。三枝子とオソノは毎週の日曜に教会へ行くことができないから、代り番こに、隔週の日曜に教会へ行く。彼女ら二人揃っては行かれないのだし、重太郎も近ごろはもう教会へ行かれないほど毎日が多忙であった。三枝子が教会へ通う前後の行動は誰にも分らないのだ。
 実に何たる事か。井戸に細工を施したのは二人組の男と判って妹の無実を明かにする日は近づけりと思っていたのに、妹が無実どころか、由也のアイビキの相手らしいとは。さすれば由也にカラクリを施した形跡があっても、その企みの相棒の中には三枝子も含まれているであろう。井戸の中からその屍体が出ないも道理。由也としめし合せてどこかに隠れているのであろうか。さすがの重太郎も、ここに至ってにわかにガッカリしてしまい、
「こうなっては、もうダメです。わが妹
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