十郎はのぞきこんだが、
「どうも深くて見えないが、すでにこの臭気で、だいたいは想像できますね。井戸の底には、今度こそホンモノの三枝子さんの屍体がある筈です。そうか。やっぱり、そうだったか。犯人はそこまで考えていたのだなア。実に怖しい犯人だ」
 覆面して井戸へ降りた職人がひきあげてきたのはまさしく三枝子の殺された屍体であった。そッちには目もくれず、新十郎が目をそそいでそッと手を握っているのは頼重太郎に対してであった。
「あなたは太陽なんです。ね。お分りでしょう。これぐらいのことで、太陽ともあろうものが。太陽が泣くなんて……」
 一室に足どめされていた関係者の中の真犯人はすでに捕えられていた。一同にうながされて、新十郎はあまり気持もすすまぬらしい話しぶりで、事件の真相を語った。
「事件の翌朝、三枝子さんの失踪が分った日の、泥や汚物でつくられたものが奇妙だとお考えになりませんでしたか。泥の足跡はふいた様子もありますが、ふき残したところもあって、それは二人の足跡を示しています。寝床は一ツしか敷かれていないが、押入れの中には一そう泥だらけのフトンがあって、その中には念入りにメガネまであって誰かの寝たあとを示しているし、吐いた汚物の下には他人の所有を示す署名の本がある。一応足跡をふいたり、寝床の一ツを押入れへ片づけたりしていますけれども、実際は誰かが前夜一時的に宿泊したことが明白で、それが一応かくされたように見せかけてあるのは、実は一そう誰かの宿泊ということに疑惑が深く差し向けられるように仕向けられたものだと解してよろしいでしょう。ここに事件全体の暗示があったのです。足跡をふいたらしい物が発見されないということは、それが隠されたことを意味し、したがって、他にもどこかに隠された何かが有りうると語ってもいますね。他に何が隠されたと想像しうるか。それは云うまでもなく三枝子さんの屍体ですよ。犯人は家で飲むためにと貧乏徳利に酒をつめてブラ下げたが、家ではのまずに、家にすぐ近いエンマ堂で、当然雨がふりかかるのをかまわずに酒をのんでいます。それはカミナリが更に荒々しくなる時をまつ必要があってのことです。三人のカミナリ病人が有って無き存在となる時をまつ必要もあったし、大雷鳴を利用する必要もありましたろう。その大雷鳴を待ちつつも、もしも時田さんの酔いがさめかけたなら更に酒をのませて正気を失わせる
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