与をすると云い、一子久吉をつれて参れとあるから、志道軒こそは勘当をうけたとは云え、左近の嫡男である。よしんば自分の過去には香《かんば》しからぬ歴史があっても、一子久吉はまぎれもない水野家の嫡流、当然家をつぐべきはこの子供だ。フトコロの一万円ぐらい返しても、その何倍、何十倍という財宝が本日ころがりこむだろう、と胸算用をしながら到着するに相違ない。
そこで左近は志道軒から一万円をうけとって、証文を返してやる。それから久吉の頭をなでてやったりしながら、志道軒に向って、
「その方はオレの長男ではあるが、勘当をつけた身であるから、後をつぐことはできない。しかし貴様の長男は、当然の嫡流で、わが後をつぐものはこの者だ。よってその方の長男たる常友にこの一万円を与える。これがオレの全財産だ」
こう云って一万円を常友に与えるが、これにまた条件がある。
「常友が当家の嫡流であることはこのオレがその事実を承知しているが、表向きはよその戸籍の人間だから、その戸籍を訂正するまではこの一万円はお前にはやれぬ。それまではお前の弟の久吉に預けておく。お前が戸籍を訂正しないうちに万が一のことがあれば、弟の久吉が当家を
前へ
次へ
全49ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング