し与えると、彼の手にのこるのはたった百五十円にすぎない。せっかく八千円の財産をもらっても、百五十円だけ握って、あとは捨てるようなものだ。三十の年配になってもたった一部屋の城主にもなれずナマズヒゲに手を当てて小僧や女中の嘲弄に胸をさすらなければならぬ正司の煩悶は尽きるところを知らぬであろう。
さてこの借金を兄に返済する段になると、月に十円の大金を支払っても六十五年もかかる。ソバ屋の出前持の給金は、住みこみ月額三円五十銭というから、月に五十銭か、せいぜい一円の支払い能力しかなく、実に元金の返済だけでも六百五十年を要するのである。
幸平はこの七千八百五十円をわが物としなければ、ついに法の裁きをうけて牢舎にこめられ、世間の相手にされなくなって暗い一生をいつも葬式のようにヒソヒソと歩いて送らなければならなくなる。是が非でも、これをわが物としなければならないのである。
骨肉を分けた実の兄弟がこの問題をめぐってどのような結果に相成るか、左近の興はつきるところがない。
さて一方、志道軒は命によって不足分を諸方の借金でようやく間に合わせた一万円をフトコロに、一子久吉をつれて到着する。本夕財産の分
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