ころか嫁をもらう資力すらも見込みがない有様であった。そのために元々陰鬱な性格が益々暗くひねくれて無口となり動作が重い。二十一二の若造がいっぱし高給をもらって面白おかしく暮しているのに、彼は女中や小僧どもにもナマズなどと渾名でよばれて、ちょッと目をむくが、どうすることもできない。立腹して暴力をふるい、店をしくじって路頭に迷ったことも再度あって、今では我慢がカンジンと思うようになった。彼がヒゲをたくわえたのも主人の訓戒をうけたからで、腹の立つときはヒゲに手を当てて自分の齢を考えるように、その訓戒をまもってヒゲに手を当てて大過なきを得ているが、そのおかげでナマズなどと呼ばれもする。
 左近は常友が返済する八千円を幸平の公金横領の穴ウメには与えずに、兄の正司に与えるツモリであった。ただしそれには次の誓約書が必要である。正司はその八千円から弟の公金横領の穴ウメに要する金額を貸し与える。弟は兄と談合の上二十年なり三十年なりの月賦によって借金を返済する。この約を守らなければ正司は八千円の所有者とはなり得ない。
 ところが幸平が穴ウメに要する金は五ヶ年の元利七千八百五十円ほどになっている。それを弟に貸
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