くり、
「お前はその朝ヒマをとって出かけるから見ることが出来ないから、面白いことを教えてやる。財産を分けてやるというが、実は誰も一文にもならない。おまけに銘々が憎み合って仲がわるくなるだけだ」
 左近はそこまで云うと、たまりかねてクックッと忍び笑いをもらすのだった。
 幸平は五年前に公金で株を買って穴をあけ、当《あて》にしていた左近からの借金は目の前で人のフトコロへ飛び去ってしまい、まもなく公金横領が発覚してしまった。亡父の遺産を全部売り払っても数千円の穴がのこり、ミネが然るべき筋へお百度をふみ、母の慈愛が実をむすんで、とにかく表沙汰にならずにすんだ。五年後に実父から財産分与があることになっているから、そのとき残額およびに当日までの利子をつけて支払う。そういう一札をいれて、銀行の方はクビになった。その後はソバ屋の出前持に落ちぶれて辛くも糊口をしのいでいた。
 兄の正司も三十となり、なんとかして嫁をもらって一戸をたて、自分の店も持ちたいと思うが、最初の主家が没落したために、その後の奉公は次々とうまくいかず、まだ住み込みの平職人で、間借りして独立の生計をたてるのもオボツカなく、店をひらくど
前へ 次へ
全49ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング