くるような悲しくすさまじい顔であった。
 左近が一万七千円を投じて眺めてたのしみたかったのは、それらの顔であったらしい。それらの怒りや逆上や憎しみであったのだろう。彼にとって血のツナガリや家族とはクサレ縁、むしろ悪縁ということだ。悪縁の者どもが己れに向って人間の発しうるうちでその上のものはないという憎しみや怒りや逆上に狂うのを彼は眺めたいのであろうか。彼の冷い血は、それを眺めてはじめて多少の酔いを感じうるのであろうか。まったく彼の体内に赤い血があるとは思われない。青い血や黒い血が細い泥のように流れているかも知れない。これが人間だということも、自分の父だということも、考えることができなかった。
「これが五年前のことでござんすよ」
 と、倉三は長い話を一と区切りして、冷い杯をなめた。
 彼の顔は妙にゆがんだ。はげしい嫌悪が、とつぜん彼の顔に現れたのである。草雪が瞬間ギョッとしたほど生々しいものであった。倉三は平静にかえった。
「さて、五年前は、とにかく、これで済みましたが、五年後に何が起ると思いますか。その五年後が、実はあしたなんで。イエ、あしたが五年目の同月同日てえワケではありませんがね
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