ほかの利息はぬいてやるから、五年目に一万円返すがよい。分ったな」
志道軒、常友がうなずくと、証文をとって、
「用がすんだら、帰れ」
左近の顔には、相変らず薄笑いが浮んでいた。
志道軒は待望の大金をわが手におさめた喜びも大方消しとんだようだった。彼は恐しいものを見たのである。恐らく鈍感な常友は気がつかなかったであろうが、人の顔色をよむのが商売のコツでもある志道軒には、こんな恐しいことはむしろ気がつかずにいたいもの、いろいろと人の顔色を見ていたが、こんなムザンな顔を見たのは生れてはじめてのことだ。
左近が札束を二つにわけて常友と志道軒に渡した時の幸平の顔というものは、突然あらゆる感情が無数の鬼になって一時に顔の下からとび起きて毛穴から顔をだして揃って大きな口をあけて首をふりまわしたようだった。幸平の目だの口だの鼻だのへ誰かが棒をさしこんでグリグリまわしているのに、その棒を突ッかえして飛びだしてくる無数の小鬼がいるのだ。彼は本当に大きな口をアングリあけて、二ツの目玉がとびだしたままだった。
幸平がいそいそと来着して、初対面の人たちへの挨拶もウワの空に包みを解きはじめた様子を思いだす
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