近が黙っているから、ミネがたまりかねて、幸平に志道軒や常友を紹介する。母の違う兄だの甥だのと云っても、一人は兄どころか親父にしても若くはないような変った風態の大入道。一人は甥だというが自分よりも年上の無学文盲のアンチャンだ。そんなものを一々気にかけてはいられない。実に幸平はそれどころの話ではないから、初対面の人々への挨拶などはウワの空。
 持参の包みを急いで開いて、預金帳と印鑑を一万七千円の包みの上に重ねて差出して、
「御命令によりまして一万七千円ひきだして参りました。どうぞお改め下さい」
 左近はアリガトウも云わなければ、軽くうなずきもしなかった。実にただ薄笑いをうかべて、幸平の差出したものを黙ってつかんで、まず預金帳を懐中にしまいこみ、次に印鑑をつまんでヘコ帯の中へ入れてグルグルまきこみ、それを帯の一番内側へ指で三四度押しこんでから、札束を掴みあげた。
 一万円の束から千円|算《かぞ》えてひきぬいて、それを七千円にたして、
「この八千円は常友にかしてやる。こッちの九千円はタイコモチにかしてやる。タイコモチのは一万円から千円天引いてあるが、高利貸しにくらべればなんでもない。その代り、
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