思われません。なにとぞ御援助下さいませ」
 志道軒はこの場のおのずからの対話、そのおのずから感得されひきこまれた何物かを考えて、これをやっぱり墓場の対話とよぶべきであろうと考える。あの相対する人の薄笑いをはいでみると、その下には、どうしても死んだ顔があったのだと考えるのである。
 こういうわけで、志道軒はひょッと老父を二十五年ぶりに訪ねたおかげで、どういうワケだか分らないが、大金をかりるようなことになった。
 志道軒は父よりの知らせによって、土曜日の午後に証文を持参して、父を訪れた。すでに一人先客があるのは、これが彼には初対面の自分の子供、お清の生んだ常友なのだ。お清の気質をうけたのか、育った環境のせいか、自分の子供のように思われるところは全くなかった。なんと挨拶の仕様もない困った気持であるが、左近はそういう俗世の小事には全く無関心の様子で、その冷さは人情の世界に住みなれている志道軒のハラワタを凍らせるような妖しさだった。
 そこへ流れる汗もふき忘れた如くに急ぎ来着したのが幸平である。この一族には父子の交りも行われていないから、近い血のツナガリある人たちであるが、みんな初対面である。左
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