気があるようだ。死にかけているような病気がある。
「五年目に返せるならかしてやる」
「それは必ず返します」
志道軒は何かにひきこまれるように、とッさに叫んでいた。必死であった。彼はうろうろと春江の顔をさがして、彼女にも何か頼めということを必死の目顔で訴えようとすると、驚いたことには、春江はピタリと坐って、三ツ指をついて、薄笑いの方に向って、伏目がちではあるが、ジッと気息を沈めて相対している。春江も草むらの上に坐っているとしか思われない。春江にも病気がのりうつッているように見えた。春江! もうちょッとで彼は叫び声をたてそうであった。
すると春江は静かな声で、
「一万円拝借できますれば、子々孫々安穏に暮すことができましょう。主人も今では落ちつきまして、後生を願い、静かな余生をたのしみたいと申すような殊勝な心に傾いているようでございます。しがない暮しはしておりますが、物分りのよい世話好きなどと多少は人様にも信用され、人柄を見こんで目をかけて下さるお客様もおいおいつくように見うけられます。開業さえいたしますれば当日から相当に繁昌いたそうと思われますので、五年で元利の返済はむつかしいこととも
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