を引き出しにでかけるが、それは幸平の銀行ではなかった。彼は極端のリンショクにも拘らず、乗馬の趣味だけは今もってつづけているが、一つには実用のために相違ない。老人の足代りに当時としては馬が一番安直だったかも知れないのである。馬丁に手綱をとらせず、一人で走り去る時は、散策もあるかも知れぬが、銀行通いのような人に知られたくない用件があってのことだ。彼はこまかい金で一ヶ月の生活費をチョッキりうけとってきて、概ねツリ銭のいらないように小ゼニを渡して買物を命じた。しかし、左近は幸平の銀行へ現れたことはなかったのである。
幸平の養父母は他界して、彼が一人のこされたが、十七の若年から銀行員となった彼は二十の年には一ぱし経済界の裏面に通じたような錯覚を起し、株に手をだして失敗した。すでに父母がないのを幸いに家財をもって穴をうめたが、こりるどころか益々熱をあげてひきつづいて、相当の穴をあけてしまった。そのとき万策窮して、実父の預金があることを知っているから、ミネに事情をあかして借財をたのんでもらった。
左近は自分の子供がどこで何をしているか、そんなことは気にかけたことがないから、幸平が銀行に勤めている
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