つのせてやって、
「もう午ぢかいから、食事どきには早く帰るのが礼儀だね。礼儀をわきまえてなければ益々路頭に迷う」
路頭に迷ったわが子に一食を与えることも許さない。
「菓子屋を一軒ずつ廻って歩けば使ってくれるとこがあるはずだ。それをせずにここへくるのが心得ちがい。主家が没落したにせよ三食や四食のゼニぐらいは貰ったはずだろう」
とミネの涙ながらの懇願にも全くとりあわなかった。
なるほどそれで理窟は通っているようだ。正司は彼が云うように一軒ずつ菓子屋を廻って歩いて、玉屋の主人の口添えもあって、就職することができた。しかし子飼いからの店ではないから、居づらい事情が多くて、店から店へ転々として、三十にもなりながらまだ住みこみの一介の平職人。妻帯する資力もない。
ミネの兄、月村信祐の養子となった幸平は、多少の学問もさせてもらって、銀行員となった。資本金三十万円ほどの小さな国立銀行であるが、はからずも彼は、そこに実父左近の預金が一万七千余円あることを知った。当時としては相当の大金と云わなければならない。
ところが左近の預金は他の銀行にもあった。なぜなら彼は月末になると馬に乗っていずれへか金
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