野左近に奉公した身の不運に一生うまい物も食いつけないから、草雪のもてなすあたり前の料理がうまくて大そう食いッぷりがよい。
そのとき左近は玉屋の主人にこう云ったそうだ。
「お前さんが没落すれば職人が路頭に迷うのは当り前だな。主家がそうなれば、職人がそうなる。それは仕方がない」
ミネも涙を流して頼んだが、そんなことでちょッとでも心が動くような左近ではなかった。彼はキセル掃除のために常時手もとに用意しておく紙をとってコヨリを二本つくって、
「主家の没落でオレも路頭に迷っているが、お前さん方は手に職があるから、将来に希望が託せる。オレには貯えもなければ希望もない。お前さん方に何もあげるものがないが、このコヨリを一本ずつあげよう。コヨリのようにいろいろの役に立つものは珍しいな。下駄のハナオにもなるし、羽織のヒモにもなるし、魚のエラを通せば何匹もぶらさげることができて大きな紙もフロシキも使わずにすむ。紙やフロシキで魚をつつむと汁がにじみでて悪臭がうつッて困るものだが、たった一本のコヨリで都合よく魚をぶらさげて運ぶことができる。これをあげるから大事に使いなさい」
コヨリを二人のヒザの上へ一本ず
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