代って家督をつぐべきことはすでに定っておったのじゃ。正式に遺言状も保管せられておる。ただ、いまだ家督相続者と名乗るべき時期が来ておらぬだけのことじゃ。以後はこのことを胸にたたんでおくがよい」
祖父はこう語りきかせて、おののく光子を放免したのであった。
祖父の言葉はすべての謎を氷解せしめたようにも思われたが、光子の疑念はそれによってはれることができなかった。乙女の直感は微妙なものだ。岩がゆれるような祖父の豪快な高笑いは、詩心があるという一枝の呪文についての疑念をはらしてくれたようである。その代り、別の疑念がからみついてしまったのだ。それは英信の呪文であった。彼女がそれを良伯に語ったとき、彼は目をまるくし、棒をのんだようになったではないか。光子の直感はそれにからみついてしまったのである。一枝の呪文はたかが世間の噂と同じような根もないものであるかも知れない。しかし、英信はただの人ではないのである。生れたときから風守とたった一人の友だちなのだ。すべての秘密を知る人であった。彼の言葉には、空想や臆測はない筈なのだ。良伯が棒をのんだように目をまるくしたのは、なぜだろう? 英信の呪文の一句はカン
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