ょう」
「悪いことをするのでしょうか」
「どんなことをするかは各人各様でしょうが、人間が目をさましている時に行うことは、みんな行う可能性があるでしょうな」
「それは不治の病でしょうか」
「精神病というものは、たいがい不治のようですね。フーテン院へ入院するということは生涯隔離されるということらしいですな」
 光子の突きとめたことは香《かん》ばしいことではなかった。そのころの精神病院は小松川にフーテン院というものがあったし、巣鴨病院があった。フーテン院は後に小松川精神病院と名を改め更に加命堂と云ったそうだ。巣鴨病院は明治十二年の創立。東京医科大学の精神病学教室は、明治十九年にドイツ帰りの榊原教授を主任に開かれたものの由である。
 風守を座敷牢へ閉じこめることは納得せざるを得ないようであった。しかし、ここに納得できない一事があった。一枝の呪文に身が凍るのは、そのためなのだ。
 文彦が生れてまもなく、光子は父母から言い渡されたことがあった。文彦をわが弟と思ってはいかぬと云うのである。すべて長男は家をつぐものであり、女は他家へ嫁ぐ身であるから、姉といえども長男を弟と見てはならぬ。その名を呼ぶにも
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